「う”ぇッ……ぐ、はっはぁっ……う”っ……──」
「あーあ、もう吐いちゃった。堪え性ないなぁ」
胃の中身を畳に全てぶちまけてしまった。喉の辺りが気持ち悪い。体がダルい。呼吸が浅く、息が苦しい。あーもう、どうすんだこれ。とりあえず口の中が気持ち悪いからゆすぎたい、その後この嘔吐物をどうにかしよう……。私は涙を手で拭いながら立ち上がる。
「ゲホッゲホッ……っあ”ー……畳どうしよ。でも金がなぁ……」
「夏油に頼んだら?」
「あー……確かに。これは完全に真人のせいだし、流石に払ってもらわないと…」
でもあいつケチなんだよなぁ。個室焼肉行けるくらい金持ってるくせに……。どっから金持ってきてるかは知らないけど、今回こそは払ってもらうからな。覚悟しろ羂索。
「えー、俺のせい?でも、りんねがちゃんと答えてればこうはならなかったと思うけどなぁ」
「はぁ?ちゃんと答えましたけど?」
「いや流石にアレは嘘でしょ。君が思ってる以上に顔に出てるよ」
「ぐ……」
そんなに顔に出てるのか…?と、思わず自分の顔を触ると手に付着していた吐瀉物が頬についた。最悪だ。急いで私は洗面所に駆け込んだ。顔を洗い、体が拒否反応を起こしながらうがいをする。ふと鏡を見ると服にも吐瀉物がついていることに気がついた。
「はぁ…めんどくさいな。とりあえず脱……」
「ん?」
服を脱ごうとしたところで真人と目が合う。あー……言っても出てってくれないだろうなぁ。まぁ、真人って性別……ないよな?いいか、別に人間じゃないしな。セーフセーフ。さっさと着替えちゃお。
私は真人に背を向けて服を脱ぎ、汚れた服は適当に洗面台に置いておく。
「へー、人間の女の肉体ってこうなってるんだ」
「──ッ!見んな触んなこっち来んな!!!」
「いてっ」
「こっ、このセクハラ呪霊め……!!」
いつの間にか背後に忍び寄り、私の胸を触ってきたセクハラ特級呪霊に鉄拳の制裁を食らわせる。そういえばコイツ好奇心旺盛赤ちゃんだったの忘れてた。くそ、風呂場で鍵かけて着替えればよかったか……いや、どこで着替えてもどうせコイツついてくるし、最悪ドア壊されてたかもしれないし。
「あー……やっぱ魂ごと殴られたな。元々のパワーが大したことないから痛くも痒くもないけど」
「いや、さっき『いてっ』て言ってたじゃん。強がんなくていいんですよ?」
「それはその場のノリってやつだよ。それくらい分かんないかな……あ、君友達居ないから分かんないか(笑)」
「ハァ!?友達くらいいますけど!?」
「えー?でも俺、りんねが人間とつるんでるとこ見たことないんだけど」
「ぐっ……」
まぁ確かにこっちに引っ越してからというもの友達らしい人はいない。そもそもそんな時間あったら順平の捜索に充てるし。ていうかこれから順平と友達になる予定だし……?実質いると言っても過言じゃないし……?
「って、そんなのどうでもいいんですよ!!さっさと着替えて片付けたいんでどいてください!」
「えー?俺試したいことあるから後にしてよ」
「はぁ?嫌ですさっさと帰ってくださーい」
真人に「しっしっ」と払い除ける仕草をしてから着替えを再開するためタンスに向かう。
夏といえど流石にクーラーの効いた部屋で実質半裸は寒いな……。
自分の腕を摩りながら新しい服を取り出し、服を着る。……服を着たはずなのに、背筋がまだ寒い。なんだか、嫌な予感がする。
私が違和感を感じるのとほとんど同時に肩にぽん、と手が乗せられた。
「君さ、自分がどんな立場分かってる?」
「えっ」
「君って俺に命令できる立場だったっけ?違うよね」
あ、これダメなやつだ。
本能的な恐怖。さっきまでと違う、重い空気。自然と呼吸が浅くなり、私の右肩には真人の手が重くのしかかっている。私の命はコイツに、真人に……握られている。
「俺とりんねが初めて会った日に自分の口で宣言してたよね。ほら、もういっぺん言ってみてよ」
「君は俺の……なんだっけ?」
「う”っ……」
グッ、と強く肩を握りしめられる。自分の心臓の鼓動がよく聞こえる。胸の辺りが気持ち悪い。恐怖で視点は動かせないし、そもそも真人の顔を見る勇気もない。
頭の中でガンガンと警鐘がなる。返答を間違えてはいけない。逆らってはいけない。何故なら私は──
「わたし、は……あなたのおもちゃ、です」
アハハッ、と随分上機嫌そうな声が聞こえたあと、おそるおそる見上げるとまるで好奇心旺盛な子供に似たギラギラと輝く瞳と目が合った。
「よくできました♡」
その言葉を聞いた直後、何かに強引に引っ張られるように私の意識は途切れた。
ーーーーーーーーー
「へぇ、こうなるんだ」
魂と魂を切り離すと、目の前の肉体がドサッと倒れる。
「ちょっと混じりあってたからかな、肉体に残しておいた方はほっといたら死にそう。でも……」
「こっちはピンピンしてるなあ」
俺の右手に持っている魂。おそらく元々呪力が無かったほう。切り離したショックからか反応は無いが生きてはいる。
「術式……じゃないか。もともと呪力なかったもんな……やっぱ天与呪縛ってやつ?」
魂同士を融合させたら爆発するってりんねは言ってたけど、この2つの魂は爆発するような様子は一切なかった。魂同士の相性がいいからか、将又この魂の性質か……。まだまだ実験してみる必要がありそうだ。
「ククッ……アハハッ!」
未知への好奇心に思わず笑みが溢れる。
「これからも仲良くしよーね、りんね」