10-4

「……ってことで、君にはこれから術式が扱えるようになるまで特級呪霊たちと鬼ごっこをしてもらうよ」
「えぇ……」
「術式を1発でも彼らに当てたら君の勝ち。君が死んだら負けね」
「それ鬼ごっこじゃなくてデスゲームじゃねえか!!」

 実質死滅回遊だろこれ!!いや死滅回遊のルール正直覚えてないし、読んでた当時もあんまよく分かってなかったんですけどね!
 ていうか思ったんだけど……私、このまま順平救済したとて死滅回遊に巻き込まれたら終わりでは……?あ、でも参加の意思なければ大丈夫なんだっけ?覚えてねぇ〜。

「大丈夫大丈夫。りんねが完全に死なない程度に痛めつけてあげるからさ」
「なにも大丈夫じゃないんですけど」
「花御と陀艮も腕1本くらいならやっちゃって良いよー。俺が後で代わりのモノ見繕ってきてあげるからさ」
「良くない!!私の意思は!?」

 「りんねだって術式で俺の腕ポテトにしたじゃん」とかなんとか真人が言ってるが、そういう問題ではない。つかすぐ戻してただろ腕。
 人間は(一部例外を除いて)欠損した部位を再生することできないんだよ!!

「最悪だ……どうしてこうなった……」
「ちなみに日没までに君が勝利したら旅館の夕食が食べれるよ」
「旅館の夕食!!……ん?ちょっと待て、もしかして勝てなきゃ旅館に行けないってこと……?」

 私が羂索に問いかけても、微笑を浮かべるだけだった。
 う、嘘だろ……?最悪デスゲームが夜まで続くってこと……?流石にこれ死ぬだろ。呪霊あいつらに追いつかれずとも野生動物にかち合ったら一巻の終わりじゃん。

「じゃ、頑張ってね。期待してるよ」

「過去一嬉しくない期待ありがとうございまーす……」
 私は溜息をつきながら地面に向かって呟いた。

 鬼ごっこが始まり、私が逃走を始めてから30分ほど経過した。
 ちなみに鬼と逃げる側のスタート間隔が短いと一瞬で捕まって終わるので面白くない、という真人さんのありがたーい舐めプ意見により、鬼側は20分後にスタートということになった。
 いやもう旅館とかいいから帰りたくなってきたよ。こっそり帰っちゃおうかな。正直それが最善じゃない?特級呪霊に攻撃当たる気しないし、そもそも術式を意識して使えたこと一度も無いし。はっきり言って無理ゲーでは?

「あ”ー……あつすぎる……なんでこんな真夏に森で修行パートの皮を被ったデスゲームやんなきゃいけないんだよ……」
 別にここまで連れてこなくても陀艮の生得領域とかで良かったでしょ。いやあそこも真夏っちゃ真夏なんだけど……。まあ逃げ道がひとつじゃないだけこっちの方がまだマシではあるのか?
 悶々としながらも辺りを見回しながら進む。
 森(というか山?)の中は比較的直射日光を避けやすく、時折吹くそよ風もある。が、今日の東京の気温は30℃だし、運動もしているので喉の乾きが早い。駅で買った500mlの水も底をつきかけていた。

「アイス食べたい……」
 思ったことがポロポロと口から出ていく。
 流石に歩き疲れた。アイスは食べれなくても、せめて冷たい水がほしい。欲を言えばコーラが飲みたい。でもこんな森にそんなものはないし……。

「……ん?」
 微かに音が聞こえる。
 もしかしてこれって水が流れている音?つまり近くに川が!?
 私は微かに聞こえる音を頼りに歩みを進めた。

「やっぱりあった……!」
 音を頼りに歩いていくと、木々が開け、そこには川……と滝があった。
 滝の近くに寄ると水しぶきのお陰で涼しい。これがマイナスイオンってやつなのかもしれない。ともかくこれで水問題は解決だ。しかも向こうに橋のようなものも見えるので、あれを渡れば公道に出られるかもしれない。そこでタクシーやらバスやらを見つけて逃げよう。
 斜面を下って川に近づきペットボトルで水を汲む。川の水がひんやりしていて気持ちがいい。疲れたしここでちょっと休んでいこうかな。
「あれ、そういえば川の水ってそのまま飲んだらまずいのでは……?にふつ?しなきゃいけないんだっけ」
「にふつじゃなくて煮沸しゃふつね」
「あー、それだ!いつも読み方忘れちゃうんだよなぁ……?……あっ」
「つーかまーえた♡」
 違和感に気づき急いで振り向くと、いつの間にか背後に立っていた真人が私の顔を覗き込みながら両肩にポン、と手を置いた。

「なっ……!なんでここに……!?」
「陀艮と俺の分身に近くの水辺で見張りを頼んでたんだよね〜。で、狙い通り君がノコノコここまでやって来たってわけ」
「そ。いつもは海だけど川で遊ぶのもいいねー」
「ぶぅー」
 どこからか真人の分身と陀艮が現れ、会話に入ってくる。
 全く同じ顔、同じ声のやつが並んでるのって思ったより気持ち悪いんだな……。

「分身とかズルなんじゃないですか?反則!レッドカード!はい、私の勝ちー」
「ダメでぇーす」
「分裂しちゃダメなんて言われてないもんねー」
「悔しいなら俺に術式当ててみなよ。ほらほら」
「ぐぬぬ……」

 2人の真人が私を挟んで煽ってくる。増えたことによってめんどくささも2倍だ。
 攻撃が当たったとて術式が発動しなかったらこのデスゲームは終わらないし、下手に殴ったらこの前みたいになるかもしれないし……。

「ま、どーせ俺には当てられないだろうからハンデあげてもいいよ」
「はぁ……まあくれるんならありがたく受け取りますけど後で『やっぱナシ』とか言わないでくださいよ?ホントに」
「言わないよ。君、オレのこと信用して無さすぎじゃない?」

 真人が眉を八の字にして拗ねるような仕草をする。
 いや信用なんてしてるわけないだろ!!どこをどう信用しろってんだ!!!

「で、ハンデってなんです?もしかして見逃してくれるとか?」
「それよりももっと簡単で楽しいヤツ」

 真人はニヤリと笑いながらどこからか取り出した小さい改造人間を宙に放り投げる。すると、突然改造人間が巨大化し大きな音を立てながら河原に倒れ込むようにして現れた。原型を留めていないから倒れ込む、というのが正しい表現なのかは分からないが。
 私は突然のことに驚き、目を見開いて硬直してしまった。

「せっかくだし手取り足取り教えてあげようと思ってさ」
「教えるって、何を……?」
 あ、言わなきゃ良かった。そう気づいたのは私を見下ろす真人が気味の悪い笑みを浮かべていたからだった。
 とてつもなく悪い予感がする。一刻も早く逃げないと。この前みたいな思いをするのはもう嫌だ。

「あの、やっぱハンデいいです!それじゃ…」
「逃げないでよ。せっかくハンデあげるって言ってるのにさあ」
「ぐぅっ……!」
「俺が何を教えるのか知りたいんでしょ?そんな顔しなくてもちゃんと答えてあげるからさ」
 逃げようとするも、もう1人の真人に襟ぐりを掴まれて逃げられない。真人達はニヤニヤとわたしが焦る様子を楽しんでいるように見える。
 どうしよう、怖い、痛いのは嫌だ、死にたくない、聞きたくない。そんなことを考えていると、私の予想の斜め上を行く回答が耳元の後ろで聞こえた。

「俺が君に教えるのはね……人間の殺し方だよ」