11-3

「ねぇ、いつまで渋ってるの?そろそろ俺も飽きてきたんだけど」

 川の水で水分補給をした後、再び術式が使えないか……そこら辺の石を武器にできないか試していた。がしかし、特に進捗もなく炎天下の中ただただ時間がだけが過ぎ、ついに真人が痺れを切らして声を上げた。

「いや、別に渋ってる訳じゃなくて……術式が使えなくて……」
「使おうと思ってないからでしょ」
「そ、れは……」

 真人の発言に言葉が詰まる。”使おうと思ってない”という言葉が不覚にも腑に落ちてしまった。顔に出てしまっていたのか、「お、当たり?」と真人が呟いた。
 私は無意識のうちに、人を殺す手段を手に入れてしまうことを恐れていたのかもしれない。

「りんねはなんで人を殺すことに躊躇してるの?」
「だって人を殺すのは絶対にしちゃいけないことじゃないですか」
「なんで殺しちゃいけないの?」
「なんで……っていやいや!もうその手には乗りませんよ。この前それで酷い目に会いましたからね……!」

 この前と同じ手に乗りかけてしまったので、慌てて真人に指を差して宣言する。と、真人は仰々しく溜息をついた。

「りんねさ、なんか勘違いしてない?」

「……え?」

 真人はいつもと変わらない、まるで日常会話をするかのような声音でジリジリとこちらを詰めてくる。間違っているのは私のほうであると諭すかのように。

「お前はもう既に”殺す”って宣言したんだよ?それなのにずーっと躊躇してるから、俺なりに優しく背中を押してあげようと思ってたんだけど……やっぱそれだけじゃつまんないか」
「……っ!」

 真人はニヤリと笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらに手を伸ばす。
 ──間違えた。間違えた間違えた間違えた!ダメだ。このままだと良くないことが起きる、と警鐘を鳴らすように頭がガンガンと痛む。どうしよう、どうしよう。逃げようにも疲労で足がうまく動かない。痛いのも苦しいのも、もう嫌だ。こんなところで死にたくない。こんなことならさっさと──

「今ならできるんじゃない?」

 その言葉が合図のように、私は色の異なるふたつの虹彩に釘付けになった。その瞳の動きにつられて私も同じ方向を見ると、そこには改造人間アレがあった。

 ──早くあれを殺さないと。

 焦燥感が、私を満たしていく。

 あれを殺せば痛い思いをしないですむ。さっさとあれを殺さなかったから怖い思いをした。怖いのは嫌だから殺さなくちゃいけない。あれを殺せば、終わる。

 1歩、また1歩、殺すために足を進める。すごくすごく気持ち悪くて仕方がないのに、頭はなぜかふわふわと浮つき始めた。
 殺さないと。殺さなきゃ。殺す。殺せ。

 私は殺すために手を伸ばそうとした。しかし、右手が震えて私の言うことをきかない。まるで右手だけが私のものじゃないみたいに。この身体は私のものなのに。

「なんで……!動け、うごけ……!」

 動かない右手を左手で叩いても殴っても震えは治まらない。なんで動かない?はやく、はやく動け……!
 ……あれ、なんで私は自分の腕を殴ってるんだっけ?いや、それは早く殺さなくちゃいけないからで。腕が動かなかったからで……?頭がぐちゃぐちゃで、もう何が何だか分からない。すごく、つかれた。もうなんか全部めんどくさいな……

 考えることをやめて目を閉じようとしたその時、右手にひんやりとした何かが触れた感覚がした。右手のほうを見ると、動かない右手を上から包むように、もう一回り大きな右手が添えられていた。

「手は俺が動かしてあげる。りんねはイメージに専念して」
「……」
「返事は?」
「……ん」
「……まぁ、とりあえずはそれでいっか」
 真人の顔を見上げて返事をすると何か言いたげな表情を浮かべていたが、私は特に気にせず言われた通りイメージに専念することにした。

「アレをどうやって殺すのか。どんな形にするのかをイメージしてみて」
「どうやって、殺すのか……」
「りんねはどう殺したい?どんな形にしてみたい?」

 正直殺し方なんてなんでもいい。早く終わらせたい。でも、終わらせるためにはイメージしなきゃ。
 何かインスピレーションを受けられないかと辺りを見回してみる。木々、土、川……あ、そうだ。今まで試してたことの逆をすればいい。

「石、とか」
「もしかしてりんねって石が好きなの?」
「べつに」
「ふーん。まぁいいんじゃない?俺も生物が無生物になるとどうなるのか気になるし」

 「それじゃあやってみよっか」と真人が言うと、私の右腕が地面と平行になるように動かされる。その様子はまるで糸で操られた人形のようだ、と自分の右手をぼーっと見つめながら他人事のように思った。すると突然顎を掴まれて無理矢理正面を向かされた。

「うぐっ……!」
「ほーら、ちゃんと前見なきゃダメだって。お前は今からアレを殺すんでしょ?なら目離しちゃダメだよね?」
「う、ん……?」
「アハハッ!うんうん、ちゃんと返事できて偉いね〜」

 まるで犬や猫などのペットを撫でるかのように私の顎を掴んでいた真人の手に顎下を擽るように撫でられた。うっすらと気持ち悪い感覚があったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 改造人間殺す相手をじっと見つめ、歩を進めイメージする。私より少し背丈のある改造人間が、河原のどこにでもあるような、私の手のひらに収まるほどの小石になる様子を。

 右手が改造人間に触れる。
 先程まで感じていた嫌悪感や躊躇はもうない。

「手のひらに意識を集中させて」

 言われた通りに手のひらに意識を集中させると、呪力が腕を伝って手のひらに集まっていくのを感じる。今なら殺せるできる、そう確信した。

 ──だって、もう右手が震えていない。

 自分の意思で右手でしっかりと改造人間の形を捉え、心の中でこう唱える。

『転生』

 カツン、と河原に何かが落ちる音がした。音がした場所に目を向けても、特に変わったところは見当たらない。何が落ちたのか、どの石が落ちたのかも分からない。

これならきっと誰にも見つからない。







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 カツン、と改造人間だったモノが河原に落ちる。真人はソレを観察するために、支えていたりんねの腕を離すとある異変に気づいた。

「……りんね?」
「は、あはは……」

 りんねは前後左右にフラフラと揺れると、そのまま真人が居る後ろに倒れたので、真人は反射的にりんねを支えた。

「おっとっと……あれ、気絶してる?術式の反動……は無いか。前はピンピンしてたし」

 真人は原因を探るため、りんねの魂に触れる。するとあることに気づいた。

「前より魂と魂の境が曖昧になってきてる……でも原因はこれじゃないかなー……あ、もしかして肉体のほうの問題?」

 汗でべったりと張り付いた前髪をかき分けて額に触れると、人間の体温事情に疎い真人でも分かるほどりんねの額は異常に熱かった。このまま放っておけば確実に死ぬだろう。

「あーあ、だから言ったのに……あ、そうだ」

 ふと、真人に1つの案が浮かんだ。先程りんねと話していたときに気になったことが、今なら丁度誰にも邪魔されずに検証できる、と。

「りんねの反応が見れないのは残念だけど……ま、それは後のお楽しみってことで」

 「まぁそれも見れない可能性もワンチャンあるけど」と、呟きながらりんねを河原に適当に転がす。すると、背後に気配を感じた。

「真人。勝敗はついたかな」
「げ、タイミングわるー……」

 夏油がタイミングを見計らったかのように森の方から姿を現すと、真人はがっくりと肩を落とした。

「今回はりんねが勝ったんだから、まだ殺しちゃダメだよ」
「別にりんねは殺すつもりないし〜。ていうか俺の玩具なんだから俺の好きにして良くない?」
 真人がジッと夏油を睨む。

「……それもそうだね。次からは好きにするといい」
「今はー?」
「ダメ」
「ちぇー……ってあれ、君も来てたんだ」

 真人の目線の先。木陰の下にひっそりと白髪の和装の人物が佇んでいた。